ハンタウイルスの不思議と、鳥インフルエンザの教訓―ネズミから人へはうつるのに、人から人へはうつらない?
先日、ハンタウイルスについてのブログを書きました。
クルーズ船の集団感染というニュースをご覧になって、不安に感じた方もいらっしゃるかもしれません。
ところが、ハンタウイルスにはちょっと不思議な特徴があります。
ネズミから人にはうつるのに、人から人にはうつらないのです。
「ウイルスなんだから、咳をすればみんなうつるんじゃないの?」と思いますよね。
実はこの素朴な疑問の答えは、いま世界が心配している鳥インフルエンザの話とも、ぴったり繋がっているのです。
今日はそのお話を、なるべくやさしく整理してみます。
ウイルスが人から人へ広がるには、3つのハードルがある
ウイルスというと「うつるもの」というイメージが強いですが、実はどんなウイルスでも、人から人へ広がるためには3つのハードルを全部クリアしないといけないのです。
①体の中に「入れる」こと
ウイルスは、人の細胞にうまく取りつけないと中に入れません。
鍵と鍵穴のような関係です。鍵が合わなければ、扉は開きません。
②体の中で「増える」こと
細胞の中に入ったウイルスが、自分のコピーをたくさん作れること。
増えなければ、症状も出ませんし、次の人にうつるほどの量にもなりません。
③体の外に「出ていける」こと
増えたウイルスが、咳・くしゃみ・つばなどに混じって外へ出ること。
ここがうまくいかないと、本人は病気になっても、次の人にはうつりません。
この①②③のうち、どれか一つでもクリアできなければ、ウイルスはそこで足止めになります。人から人へは広がりません。
ハンタウイルスと鳥インフルエンザは、どちらも「人から人へうつらない」のですが、実は止まっている場所が違うのです。
ハンタウイルスは「外に出られない」で止まっている
ハンタウイルスは、ネズミの尿や便が乾いて空気中に舞い上がったチリを吸い込むことで、人にうつります。
体の中に入ったウイルスはどうなるのか。
実は、血管の壁の細胞でしっかり増えます。だから患者さんは肺に水がたまったり、腎臓の働きが悪くなったり、重い症状が出るのです。①入れる・②増える、はクリアしているわけです。
ところが、ハンタウイルスは鼻やのどでは増えません。
ここがポイントです。鼻やのどで増えないということは、咳やくしゃみをしても、ウイルスがほとんど飛び散らないということ。
つまり③「外に出ていく」ことができないのです。
本人は重い病気になっても、次の人にうつす道がない。
これが、ハンタウイルスが人から人へうつらない一番の理由です。
ちょっとだけ補足
南米にいるアンデスウイルスというハンタウイルスの仲間だけは、まれに人から人へうつった例が報告されています。ただしこれは特殊なタイプで、日本で問題になるハンタウイルスでは基本的に起こりません。
鳥インフルエンザは「そもそも体に入れない」で止まっている
一方、鳥インフルエンザはまったく違う場所で止まっています。
①「体の中に入る」段階です。
ウイルスが人の細胞に取りつくとき、鍵と鍵穴のような仕組みがあるとお話ししました。実はこの「鍵穴」には、鳥タイプと人タイプの2種類があります。
- 鳥インフルエンザウイルスは、鳥タイプの鍵穴にしか合わない鍵を持っています
- ところが、人の鼻やのどには鳥タイプの鍵穴がほとんどないのです
だから、空気中に鳥インフルエンザウイルスがあっても、ふつうに吸い込んだだけでは鼻やのどでは取りつけない。感染が成立しないのです。
では、なぜ鳥に近づきすぎた人が感染してしまうのか?
実は、肺のいちばん奥には、わずかに鳥タイプの鍵穴があります。だから、感染した鳥や家畜と濃厚に接触し、大量のウイルスを深くまで吸い込んだ人だけが、肺の奥で感染を起こすのです。
そして肺の奥で増えたウイルスは、鼻やのどを通らないので、これまた咳ではほとんど飛び散らない。結果として、人から人へはまず広がりません。
並べてみると、こうなります
| ウイルス | どこからうつる? | どこで止まっている? | 人から人へ | 身近? |
| ハンタウイルス | ネズミの排泄物の乾いたチリを吸い込む | ③「外へ出ていけない」で止まる | × ほぼなし | △ |
| 鳥インフルエンザ | 感染した鳥や乳牛との濃厚な接触 | ①「体の中に入れない」で止まる | × ほぼなし | △ |
| ふつうのインフルエンザ | 咳・くしゃみ(飛沫) | 止まらない(人にうまく合っている) | ○ 広がる | ◎ |
| 新型コロナ | 咳・くしゃみ・会話の飛沫 | 止まらない(人にうまく合っている) | ○ 広がる | ◎ |
こうやって整理すると、「人から人へうつらないウイルス」にも色々あって、それぞれ止まっている理由が違うことがわかります。
ハンタウイルスは「出口」で、鳥インフルエンザは「入口」で。今のところは。
でも、油断はできません
ここまで読んで、「じゃあ、人から人にうつらないなら大丈夫」と思われたかもしれません。
ところがそう簡単にはいかないのです。
ウイルスは少しずつ性質を変える(変異する)ことがあります。
もし将来、鳥インフルエンザウイルスが人タイプの鍵穴にも合うように変わってしまったら、その瞬間からふつうのインフルエンザのように人から人へ広がってしまいます。
実際に、2024年から米国の乳牛のあいだでH5N1という鳥インフルエンザが広がっており、酪農場の従業員にも結膜炎などの症状で感染が確認されています。
今のところ人から人への感染は起きていませんが、ウイルスが少しずつ「人に慣れてきている」可能性を、世界中の専門家が心配しながら見守っているのが現状です。
つまり、「今うつらない」ことと「これからもうつらない」ことは、同じではないのです。
では、私たちには何ができるか
難しい話を続けてきましたが、できる対策はとてもシンプルです。
- 手洗い・うがいを習慣にする(特に外出後や動物に触れた後)
- 部屋の換気を意識する
- インフルエンザの予防接種を毎年受ける(鳥インフルエンザに直接効くわけではありませんが、人とウイルスが体の中で出会う機会を減らせます)
- 弱った野鳥や死んだ鳥、ネズミには素手で触らない
- 熱や咳が長引くとき、特に海外渡航や動物との接触のあとは早めに受診を
当院は呼吸器内科を専門にしていますので、咳が長引く・息苦しい・熱が下がらないなど、気になる症状がありましたら遠慮なくご相談ください。
今日のまとめ
ウイルスが人から人へ広がるには、①入る ②増える ③外へ出る、の3つが揃う必要がある。
ハンタウイルスは「③外へ出る」で止まり、鳥インフルエンザは「①入る」で止まっている。
でも、ウイルスは変わるかもしれない。だから世界中で監視が続いている。
私たちにできるのは、手洗い・換気・ワクチン・動物との不用意な接触を避けること。
地味ですが、これがいちばん効きます。
倉知内科 院長 倉知 大